当社は40年以上の業歴を有しております。矢野経済研究所によれば、当社は2010年のパチンコ玉及びパチスロメダルの貸玉料総額では業界第2位であり、店舗数では業界第1位です。当社のパチンコホールのネットワークは、主にダイナム、ゆったり館、信頼の森のブランド下で運営されております。これまでの事業沿革において、当社は、パチンコの遊技客の嗜好の変化に絶えず適合してまいりました。
当社の起源は、佐藤氏の父親である佐藤洋平氏が日本で佐和商事株式会社を設立した1967年に遡ります。佐和商事株式会社は佐藤洋平氏に100%保有され、当グループのパチンコホール営業の大部分を有してきたダイナムの前身会社でした。「佐和」という名前は、佐藤の「佐」と調和の「和」という日本の漢字を組み合わせて出来たものです。
当社の40年のパチンコホール営業の歴史は、東京の亀有及び金町の最初のパチンコホール2店舗が1967年7月に事業を開始した事で幕を開けます。1970年に、佐藤氏と佐藤一族は佐藤洋平氏から佐和商事株式会社の持分を承継しました。1978年に、佐藤氏が佐和商事株式会社の代表取締役社長に任命された事で、当社のパチンコホール事業は佐藤氏の統率・指揮下に入りました。
日本のパチンコ業界の営業許可制を標準化させた1985年の風適法の改正は日本で全国的なパチンコホールのチェーン店を展開する上で好ましい環境をもたらしました。佐藤氏によると家業を全国規模の事業に転換する計画の一環であった当社のパチンコホール事業の拡大は、佐和商事株式会社から株式会社ダイナムに社名が変更された1987年に始まりました。ダイナムという社名はダイナミックアミューズメントの略であり、当社のパチンコホールが顧客にとって魅力的な娯楽の選択肢である事を強く訴求する狙いが有りました。1989年に、新潟県新発田において当グループのホールを開店した事は、東京都以外の区域での当社の拡大開始を示すものでした。当社は北方の島である北海道の岩見沢で最初のホールを開店する事で1992年に関東地方を遥かに超えた区域に事業を拡大しました。その後、2001年に九州、2002年に四国へと拡大し、4つの主要な地方での営業基盤を確立致しました。
当社は2000年代にゆったり館及び信頼の森ブランドを発展させました。既存の遊技客への訴求を維持しながら、パチンコホールの娯楽性を強調する目的で新たなブランドを立ち上げました。当社の最初のゆったり館及び信頼の森のホールはそれぞれ2007年と2009年に開店しましたが、低貸玉機と一般景品の豊富な品揃えを特徴としております。
特に、当社の信頼の森ブランドはパチンコ業界における新しいコンセプトです。信頼の森は「信頼」と「森」という2つの単語に由来します。指定分煙エリア、空気清浄器及び休憩室を設けて、当社の信頼の森ホールにおける空気清浄度の高い環境の整備に注力する事で、当社自身の調査結果に基づき当社ホールの高騒音と受動喫煙の可能性によって来店動機を妨げられている潜在的な遊技客のフィードバック内容を直に反映させております。当社の新しいブランドは、多様な顧客層を引き付けるために創生されました。2009年に当社のパチンコホールの数は300店舗に達しました。
更に事業を拡大するため、当社は2009年と2010年にそれぞれ、キャビンプラザ、大黒天とオークワジャパンという地方のパチンコホール事業者3社の全ての持分を取得し、それ以前に当社のネットワークではサービスを提供出来ていなかった福島県、山梨県、三重県及び愛知県の8つのパチンコホールを当社のネットワークに加えました。現在、キャビンプラザは合計で4つのパチンコホールを運営しております。その内2店舗はキャビンプラザブランドで運営する既存ホールであり、他の2店舗はそれぞれキャビンプラザブランド、やすみ時間ブランドで運営するゆったり館ホールです。大黒天は、現在、2つのパチンコホールを運営しており、オークワジャパンは3つのパチンコホールを運営しておりますが、これらは全てやすみ時間ブランドで営業するゆったり館ホールです。
佐藤氏の指導の下、当社のパチンコホール事業は1970年の東京の2店舗から2012年3月31日現在で日本全国46都道府県の355店舗に拡大致しました。
2012年8月6日、当社は日本企業として初めて、香港証券取引所メインボードに単独上場を果たしました。
〔目論見書より引用(参考和訳)〕